娘の行動
トレーナーさんからアドバイスをもらった後、娘の行動は目に見えて変わりました。
「競泳選手並みに泳げるようになること。」
その言葉を受けて、娘は水泳教室に通い始めました。
もちろん、すぐに競泳選手のように泳げるようになるわけではありません。まして、小学六年生からのスタートです。周りには小さな頃から続けている子がたくさんいて、同学年の子たちはタイムトライアルや選手コースの練習をしているようなレベルでした。
それでも娘は気にしていないようでした。
なぜなら、水泳を始めた理由がはっきりしていたからです。
「シャチのトレーナーになりたい。」
その目標があったからこそ、周りと比べることなく、一生懸命練習に取り組んでいたように思います。
もう一つのアドバイスは、
「好きな勉強をたくさんすること。」
娘はこの言葉も素直に受け止めていました。
図書館へ行けばシャチや海の生き物の本を借りてくるようになり、自宅でも夢中になって読んでいました。夏休みの自由研究ではシャチをテーマに選び、読書感想文でもシャチに関する本を取り上げました。
気が付けば、娘の周りにはシャチがあふれていました。
最初は「好きな生き物ができたんだな」くらいに思っていました。
けれど、その熱はなかなか冷めません。
むしろ知れば知るほど興味は深くなり、新しい本を見つけては読み、分からないことがあれば調べる。その繰り返しでした。
親として見ていて感じたのは、
「本気なんだな。」
ということです。
そしてもう一つ、子どもの興味や好奇心には、大人が思っている以上の力があるのだと気付かされました。
自由研究も、読書感想文も、本来なら親が声をかけなければなかなか進まないことがあります。
でも、シャチに関することだけは違いました。
勉強しなさいと言わなくても、自分が知りたいと思ったことなら、こんなにも夢中になれる。
シャチは、娘にとって単なる好きな生き物ではなくなっていました。
将来の夢へ向かうための目標であり、自分から学び、自分から行動するきっかけになっていたのです。
世界が広がる
シャチへの興味が深まるにつれて、娘の行動範囲も少しずつ広がっていきました。
それまでは鴨川シーワールドが特別な場所でしたが、シャチについてもっと知りたいという気持ちから、名古屋港水族館にも足を運ぶようになりました。

水族館ごとにショーの内容や展示の仕方が違い、それぞれに魅力があります。
娘はシャチを見るたびに新しい発見をしているようでした。
そんなある日、娘から学校で聞いた話を教えてもらいました。
仲の良い友達が、ラッコが大好きなのだそうです。
そして、その友達の家族は夏休みにカナダのバンクーバーへ行き、本物のラッコを見てきたというのです。
娘にとって、その話はとても衝撃的だったようでした。
それまでの娘にとって、シャチやラッコが登場するのは、本や図鑑、水族館の中の世界でした。
ところが、その友達は実際に海の向こうへ行き、本物のラッコを見てきたというのです。
「そんなことができるんだ。」
娘の中で、これまで本の中にあった世界が少しだけ現実味を帯び始めた瞬間だったのかもしれません。
「本の世界」が現実になる
友達からバンクーバーの話を聞いた娘は、さっそく調べ始めました。
すると、これまで読んできたシャチの本や図鑑に何度も登場していた場所が出てきます。
バンクーバー島。
ジョンストン海峡。
そして、野生のシャチ。
娘は驚いたように言いました。
「ここ、本で見たことある。」
私たち大人にとっては当たり前のことかもしれません。
しかし娘にとって、それは大きな発見でした。
本や図鑑の中で見ていた場所は、誰かが作った物語の世界ではなく、実際に存在する場所だったのです。
そして、その海には本当にシャチが泳いでいる。
これまで本のページの向こう側にあった世界が、急に手の届く場所に感じられたのかもしれません。
その頃から、娘は少しずつ口にするようになりました。
「私も行ってみたい。」
最初は何気ない一言だったと思います。
でも、その言葉は次第に願いへと変わっていきました。

「本物の野生のシャチを見てみたい。」
水族館のシャチではなく、広い海を自由に泳ぐ野生のシャチ。
本や図鑑で何度も見てきたその姿を、自分の目で見てみたい。
それは、娘にとって初めてできた”海外へ行く理由”だったのかもしれません。
ただ、海外旅行など簡単に実現できるものではありません。
費用もかかる。
英語も分からない。
そして、現地へ行ったからといって必ずシャチに会える保証もありません。
それでも私たちは少しずつ、
「本当に行けるのだろうか。」
と考え始めていました。
娘の夢は、いつの間にか家族の挑戦になり始めていました。
そして私たちは、その挑戦を本当に実現できるのかを考え始めていたのです。
第三話では、そんな私たちが抱えていた葛藤と、それでも一歩踏み出そうと思った理由について書きたいと思います。
📖 前後のお話
◀ 第1話「シャチとの出会い」はこちら
▶ 第3話「夢は家族の挑戦になる」はこちら
📚 「シャチを追いかけてモントレーへ」シリーズ一覧はこちら


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